コシヒカリはなぜ美味しい? |
米の味は、多くの要素の影響をうけて決定されます。品種、産地(主な変動要因としては土壌条件、気候条件)、生産年次(気候条件)、栽培方法(多肥・少肥条件)、登熟度、含有水分量、精米方法、精米歩合、保存方法(玄米・白米貯蔵、常温・低温貯蔵)、調理方法(炊き方)などが主な要素としてあげられます。なかでも、品種、産地、栽培方法が食味に及ぼす影響は大きく、「○○産の△△品種が一番美味しい」といったことがいわれるようになるのです。 ところで、試験場などで米の食味を評価する場合はどのようにするのでしょう。多くは「食味官能評価」と称して、15〜20人のパネラーと呼ばれる、一定の訓練を受けた人たちによって、実際に炊飯米を食べて評価します。最近では、理化学機器を用いて、食味に関係すると思われる米の成分や組織の状態を分析して評価する方法もとられています。 一般に、「食味官能評価」の評価項目は炊飯米の外観、香り、味、粘り、硬さ、総合評価で、各項目毎に基準品種を0点として、評価対象品種に対してプラス3〜マイナス3の評点を付け、総合評価の点数の高い品種が「良い」と判断されます。コシヒカリは多くの場合、総合評価が高いのですが、その原因は「粘り」の評価が高いことにあるようです。それでは、「粘性」が高くなる原因は何なのでしょう。 米の主要成分はデンプンで、種子貯蔵デンプンと呼ばれます。種子貯蔵デンプンは、アミロースとアミロペクチンの2つの成分からなっています。アミロースは、単糖の一種であるグルコースがα-1,4結合で重合した直鎖の多糖で、分子量は数千から数十万といわれています。一方、アミロペクチンはα−1,4結合のグルコース鎖が、さらにα−1,6結合で分岐構造を形成した高分子化合物です。多くの作物で、アミロースは種子貯蔵デンプンの20〜30%を、アミロペクチンは70〜80%を占めています。しかし、アミロース/アミロペクチンの比率には作物の種類や同じ作物でも品種の違いによって変異があり、最も極端な例として、アミロース含量0%(アミロペクチン含量100%)の米の場合を糯米(もちごめ)と呼んでいます。 一般に、アミロース含量が低い(アミロペクチン含量が高い)と炊飯米の粘性が高くなります。逆にアミロース含量が高い(アミロペクチン含量が低い)と炊飯米の粘性が下がり、パサパサした食感になります。日本人の多くは、粘性の高い食物を好むといわれており、米の場合もアミロース含量が比較的低い方を「美味しい」と感ずる人が多いようです。 アミロース含量0%の糯米以外を粳米(うるち米)と呼びます。粳米のなかで、最も美味しいと評価される場合が多いコシヒカリのアミロース含量は16%前後であるのに対して、美味しさに関して評価の低い粳米品種の多くは、アミロース含量が25%前後あるいはそれ以上と高いのです。上記のように、食味の善し悪しを決めるのは、アミロース含量だけではありませんが、特に影響の度合いが大きいといえます。 このように、アミロース/アミロペクチンの比率には品種間差があり、それは遺伝的な特性なのですが、環境条件によっても変動します。特に、出穂〜収穫までの登熟期間の気温が低いとアミロース含量が高くなる傾向があります。同じ品種を栽培しても産地間や年次間で「美味しさ」に差が出る原因の1つとして、そのようなアミロース含量の変動を上げることができると思われます。 それでは、アミロース含量をもっと低くすればどうでしょう。技術的には、高い品種から低い品種まで連続的な変異を作り出すことが可能になっています。究極の場合は、アミロース含量0%の糯米です。そうすると、確かに「炊飯米の粘り」は増すのですが、0%に近づくにつてれて、粘り過ぎになるのに加えて、いわゆる「もち臭さ」が増してきて、日常的に食べる米としては不向きになってしまうようです。そこで、良食味品種の開発を目標とした品種改良の現場では、コシヒカリ程度のアミロース含量の比較的低い品種の開発に主力が置かれています。北海道のような登熟期間の気温が比較的低い地域で低アミロース米を生産することは、以前は困難で、まずい米の代表のような時代があったのですが、寒冷地でもアミロース含量が高くなり過ぎない品種の開発に成功し、今や美味しい米が生産できるようになっています。 米のタンパク質含量も食味に影響する大きな要因の1つです。一般に、同じ品種でもタンパク質含量が高くなれば、特に「食味官能評価」での「粘り」と「味」が低下するといわれています。このことが、産地や栽培方法によって食味が変動する原因の1つになっているのです。特に、登熟期間を少肥条件で栽培すると、米のタンパク質含量は低くなり、美味しい米が得られる可能性が高いのですが、多肥条件より収穫量が下がってしまい、どちらを選択するかは難しい問題です。 以上のように、コシヒカリの美味しさの最大の要因は、比較的低いアミロース含量に起因する適度な炊飯米の粘りにあるといえますが、それはアミロース含量やタンパク質含量の変動をとおして、産地、生産年次、栽培方法などによって変動する可能性があります。 |