マクロビオティック
 マクロビオティックとは、「マクロ=大きな」「ビオ=生命」「ティック=術、学」の3つの言葉の合成語で、語源は古代ギリシャ語「マクロビオス(‘偉大なる生命’あるいは‘長寿’の意)」であり、「長く健康的に生きるための方法」といった意味です。アルファベット(英語表記の場合:macrobiotics)やカタカナで表すため、海外で生まれたものと思われがちですが、もともとは、明治時代の薬剤監であり医者であった石塚左玄(1851〜1909)の食養の理念(食本主義、人類穀食動物論、一物全体、身土不二、陰陽調和)を基礎に、独自の研究を加えて発展させ体系化した桜沢如一(1893〜1966)がその弟子である久司道夫(1926〜)らとともに「禅・マクロビオティック(Zen Macrobiotics)」と唱えて欧米を中心に海外に広く普及させました。

 植物性食品を主体とするマクロビオティックの考えは、動物性食品に偏っていた当時のアメリカの食文化に大きな影響を与え、オーガニックフードや自然食の運動を引き起こしました。そして、ファッションモデルやハリウッド俳優、アーティスト、政治家などに支持されるまでになり、マクロビオティックの食事法によって健康を回復した欧米人は数万人に及ぶといわれています。今日では、世界中で400万もの人達がマクロビオティックを実践しているといわれています。現在、日本で話題になっているのは、いわば逆輸入のような形で伝わったもので、我が国においても食の欧米化が進とともに、生活習慣病・成人病の増加が深刻になりつつあることから、昔ながらの日本の食生活を見直す食事方法として注目を集めています。
 
マクロビオティックの基本理念
(1)食本主義
 「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとした考え方です。

(2)人類穀食動物論

 人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、葉類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、人類は穀食動物であるとした考え方です。

(3)一物全体
 食べ物は、あるがままに、丸ごと食べてこそ身体は整うという考え方です。例えば、米なら精白しない玄米を、野菜は皮も葉も根も全体を、魚も頭から尾まで丸ごと食べる。灰汁もとらず、ゆでこぼさずに加熱調理することで、美味しく栄養満点の食事ができるという考え方です。

(4)身土不二
 もともとは、仏教用語の身土不二(しんどふに)で、「身」(今までの行為の結果=正報)と、「土」(身がよりどころにしている環境=依報)は切り離せない、という意味です。そこから転じて、食養運動のスローガンとして身土不二(しんどふじ)として「食養会」が創作したもので、「地元の旬の食品や伝統食が身体に良い」という意味に使われるようになりました。
 人間も植物もすべて生まれた環境と一体であるということから、住んでいる土地の産物をとれる時期(旬)に食べれば、身体のバランスが整うという考え方に基づいています。例えば、熱帯地域に住む人は、その土地の食べ物を食べることで自然と暑さがやわらぎ、反対に寒い地域に住む人は身体を温める食べ物をとることができること、四季のある日本の場合は、季節ごとの旬を口にすることが健康につながることを意味します。

※食養会:1907年に当時の内務省の意向で、「玄米菜食を基本とした食養」を提唱した石塚左玄を会長にして設立されました。1937年には桜沢如一が会長を務めるようになりました。

(5)陰陽調和
 マクロビオティックは、桜沢如一が日本古来の食養生に中国の易の陰陽を融合した実用的な哲学に基づいて提唱したもので、その陰陽とは中国の易経にある考え方で、森羅万象にあてはまるといわれています。この陰陽を人間の健康やそれを支える食べ物に適用し、陰と陽のバランスを考えた食事をするというのもマクロビオティックのポイントです。これによって、心身のバランスが整えられ、健康を導くことができると考えられています。
1)陰性の食物
 カリウムを多く含み、温暖な気候風土でとれ、育ちが早く、水分が多く、地上までまっすぐ伸び、地下では横にはう等の特徴があります。食材例としては、なす、じゃが芋、ピーマン、トマト、筍、西瓜、メロン等があげられ、味覚的には、酸っぱい、辛い、えぐ味のあるものが該当します。旬の夏野菜は、ほとんどが陰性で体を冷やす作用があります。
2)陽性の食物
 ナトリウムを多く含み、涼しいところでとれ、ゆっくり育ち、水分が少なく、地下では下に伸びる等の特徴があります。食材例としては、玉ねぎ、ごぼう、にんじん等があげられます。旬の冬野菜は、ほとんどが陽性で体を温める作用があります。

 以上のうち、「一物全体」は、食材を無駄なく食べることによって、ゴミを減らし、食料資源を大切にすることにつながります。また、「身土不二」は昨今話題になることが多い「地産地消」につながる考え方であり、食べ物の輸送にかかるエネルギーを減らす効果が期待できます。これらのことから、マクロビオティックは、環境に負荷をかけないエコロジーの考えを1世紀以上も前から提唱し続けてきたともいえます。

マクロビオティック食事法の特徴
 石塚左玄の食養の理念を基礎にして、桜沢如一によって体系化され久司道夫へと継承されてきたマクロビオティクは、現在では様々な分派が存在しているといわれていますが、おおむね以下のような食事法を共通の特徴としているとみられています。
@玄米や雑穀、全粒粉の小麦製品などを主食とする。
A野菜、穀物、豆類などの農産物、海草類を食べる。遺伝子組換えがされておらず、かつ有機 農産物や自然農法による食品が望ましい。
B海外などの遠方から来た食物ではなく、なるべく近隣の地域で収穫された、季節ごとの食べも のを食べるのが望ましい。
C精白された砂糖、ジュースなどの甘味飲料を使用しない。甘味は米飴・甘酒・甜菜糖・メープ ルシロップなどで代用する。
D鰹節や煮干しなど魚の出汁、うま味調味料は使用しない。出汁としては、主に昆布や椎茸を 用いる。
E香辛料や化学調味料をとらず、なるべく天然由来の食品添加物を用いる。醤油や味噌は伝 統的製法によるものとする。塩はにがりを含んだ自然塩を用いる。
Fコーヒーや刺激の強い紅茶や緑茶、アルコールなどはあまり飲まないこと、番茶や茎茶などが よい。
G肉類や卵、乳製品は用いない。ただし、卵は病気回復に使用する場合もある。
H厳格性を追求しない場合には、白身の魚や、人の手で捕れる程度の小魚は、少量は食べて よいとする場合もある。
I皮や根も捨てずに用いて、一つの食品は丸ごと摂取することが望ましい。
J食品のアクも取り除かない。

マクロビオティック標準食
 久司道夫によって編成された「マクロビオティック食事法ガイドライン」には、「マクロビオティック標準食」と称し、その用途に応じて各食材の食べる量や頻度の目安が具体的に示されています。例えば、温帯生気候用の場合、以下のようになります。

マクロビデオティック食事法ガイドライン(2000 Michio Kushi, 日本語訳 2002年5月)
 上記のほかに、@1日に1〜2回かあるいは週に数回程度、穀物、野菜、豆、海草などを具にしてスープの形で摂取すること、A普段の湯茶には刺激のない飲み物(番茶・茎茶等)、調理や飲み水には湧き水や井戸水、濾過水など自然でクリーンな水を用いること、B食物は自然のもの(遺伝子組換えがされていない)、できるだけ有機栽培で、自然な伝統的手法により加工されたもの、そしてガス、薪、その他自然の燃料により調理されたものがよい、とされています。
 また、上記のガイドラインは平均的なものであり、気候、環境、文化的・民族的伝統、男性か女性か、年齢、活動量、各自のコンディション、各自のニーズ等に応じて調整してもよいとされています。 例えば、妊婦用、育児用、子供用、パーティー用等のメニューが考えられています。

自然と調和した生き方の実現
 マクロビオティックは、自然と調和した生き方を実現することをめざしています。したがって、単に料理を作ることだけでなく、普段の暮らしについてもさまざまな生活法を提案しています。例えば、心を穏やかにして調理する、食べものに感謝する、よく噛んでゆっくり食事を楽しむ、十分な睡眠をとり、早寝早起きをする、人とあいさつを交わし、コミュニケーションをとる、化粧品やタオル、衣服など生活用品は自然素材のものを使う、というふうに、誰でも簡単にできる自然の理にかなった生活法を実践することを提唱しています。これらを人間らしく健康的な暮らしづくりに役立てようというのです。
 また、マクロビオティックの食事法の効果をより高めるためには、普段からまめに体を動かし、体調を整えておくことも大切であると指摘されています。マクロビオティックでは、血液やリンパの流れをスムーズにしたり、体のバランスを調整するために、呼吸法やエクササイズなどのボディワークを行うことをすすめています。
 マクロビオティックを深く学んでいくうちに、食事法や生活法といった暮らし全般に役立つ知恵を得ると同時に、自然と人間とのつながり、幸せに生きる方法、夢の実現などにまで世界観が広がっていくというのです。こうして生涯を通してマクロビオティックを実践していくことで、心も体も充実し、幸せに満ちたライフスタイルを続けることができるというのです。

マクロビオティクに対する懐疑論
 上記のように、マクロビオティクが世界的に広がっていく一方で、その効果を疑問視する見解もあります。
 1つは、「マクロビオティックス食事法が健康に役立つとしても、それは偶然である。なぜなら、マクロビオティックスは食物を物理的品質や栄養学的品質にもとづいて選んでいるのではなく、形而上学的特性で選んでいるのにすぎないからである」という指摘です(http://www.genpaku.org/skepticj/macrobiotics.html)。
 また、宗教学者の島薗 進(1948〜)は「個々の現象への陰陽の割り当ての方法が恣意的であり、食物の陰陽調和や病気に対する対処の根拠について十分な根拠があるか疑問である」と指摘しています。