小麦アレルギーの原因と低アレルゲン化法
 日本における3大食物アレルゲンは、以前は、鶏卵、乳製品、大豆といわれていましたが、近年は、小麦の消費が増えたこともあり、大豆に替わって、鶏卵、乳製品、小麦が3大食物アレルゲンといわれるようになっています(文献1)。
 小麦を摂取したことによるアレルギー症状は、通常、@アトピー性皮膚炎、ABaker's Asthma(製粉あるいは製パン業者にしばしばみられる喘息)、Bセリアック病(Coeliac Disease:グルテン感受性腸炎)に分類されます。鶏卵、乳製品による食物アレルギーは、多くの場合、乳幼児期に発症し、成長とともに寛解しますが、小麦アレルギーの場合、成人患者が多く難治性であるといわれています1)。
 小麦のアレルギーでその原因となるアレルゲンは、グリアジン、グルテニン、アルブミン、グロブリンというタンパク質であることが知られています。また、それらタンパク質の糖鎖部分に抗原性が考えられる事例や炭水化物系のアレルゲンもあるという指摘もあります(文献1、2)。

 小麦粉の低アレルゲン化法については、酵素処理あるいは加熱処理による方法と低あるいは無アレルゲン品種を開発する方法が試みられています。

(1)酵素処理による低アレルゲン化
 1)渡辺道子氏は、通常の小麦粉を2種類の酵素で処理することによってアレルゲンであるタンパク質や多糖成分が低分子に分解され、バッター状(流動状の小麦粉の生地)の低アレルゲン化小麦粉ができると報告しています。これを小麦アレルギーをもつ10歳の児童に小さじ1杯ずつテストしたところ、1年後には20gのカップケーキを1日に3つ食べられるまでに回復したとのことです。また、そのようにして作った低アレルゲン化小麦には、腸管吸収抑制物質(腸管からのアレルゲンの吸収を抑制する物質)が含まれていること、ハプテン機能(アレルゲンと抗体が結合する際、ブリッジ構造を作れなくする)や免疫寛容(過剰な免疫反応が生じるのを防ぐ仕組み)が存在するといった、他のアレルゲン除去食品にはみられない特徴があることが分かってきました。今後は、このようなアレルギー予防・治療効果について生体に対する作用を明らかにし、多機能性食品を開発したいと考えているとのことです(文献2)。

 2)老田 茂氏は、アレルゲンタンパク質がある程度分解されていても、エピトープ(抗体が特異的に結合する抗原のアミノ酸配列)が分解されていなければ、アレルギー反応性は必ずしも低下しないことに着目し、小麦の発芽と同時に発現するプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)あるいは未発芽小麦種子ペプチダーゼ(タンパク質を構成するペプチドのペプチド結合を加水分解する酵素)をグリアジンやグルテニンのエピトープペプチドと反応させる実験を行いました(文献3、4、5)。
 その結果、発芽小麦プロテアーゼによりグリアジンのエピトープPQQPF(P:プロリン、Q:グルタミン、F:フェニルアラニン)とQQPFPは良好に分解されましたが、グルテニンのエピトープQQQPPは比較的分解されにくいことが分かりました(文献3、4)。また、未発芽小麦種子ペプチダーゼは、アトピー性皮膚炎に関わる小麦グリアジンのIgEエピトープPQQPFやQQPFPを分解しましたが、小麦グルテニンのエピトープQQQPPは分解しませんでした(文献5)。
 今後は、様々な食品アレルゲンタンパク質に対する、プロテアーゼによる分解の解析を進めることによって、将来的には、食品とプロテアーゼを一緒に摂取することにより、食品にたとえアレルゲンタンパク質が含まれていても、アレルギー発症リスクの低減が可能になると考えられています(文献3)。

 3)田辺創一氏ら(文献1)は、低アレルゲン化小麦粉の作製法としては、Tricoderma viride由来のセルラーゼを50℃で1時間処理し、多糖アレルゲン(マンノグルカン)を分解し、次に、アクチナーゼを40℃で1時間処理し、タンパク質性のアレルゲンを分解し、糖鎖アレルゲンをも低分子化する技術を確立しています。その方法で得られたバッター状の製品は、冷凍で流通されているとのことです。また、そのような低アレルゲン化小麦粉(バッター)を使って、パスタ用の麺、パン、カップケーキ、ウエファ、クッキー、スナック菓子などが作製できることが実証されています。さらに、カップケーキを使った小児科病院における3ヶ月間の臨床評価も行われており、小麦RAST(IgE抗体価の指標)陽性の17例のうち15例で症状の誘発が認められず、有効と判定されています。
 臨床評価の過程で、低アレルゲン化小麦粉の摂取によりアレルギーが寛解し、普通の小麦粉が食べられるようになる患者が少なからずみられたことから、低アレルゲン化小麦にアレルギー治療・予防効果があるのではないかと期待されています。田辺創一氏ら(文献1)は、アレルギーの発症機序は、端的には6つのステップ、すなわち、@食物アレルゲンの腸管通過→AアレルゲンのT細胞(免疫機序に関与するリンパ球の一種)による認識→Bアレルゲンに対するIgE抗体の産生→CIgE抗体のマスト細胞(結合組織に散在し、肥満細胞とも呼ばれ、アレルギー毒に対して敏感に反応する細胞)上レセプターへの結合→DIgE抗体へのアレルゲンの結合とマスト細胞の脱顆粒→E発症、にまとめられるとしています。低アレルゲン化小麦は、上記@の腸管通過を抑制する効果があることが示されています。また、A〜Bの抑制によると考えられる効果、すなわち「免疫寛容の誘導を介し、グルテン特異的なアレルギー性炎症に対する治療・予防効果をもつ」ことが強く示唆される試験結果が得られています。さらに、Dに対する阻害効果、すなわち「低アレルゲン化小麦中のIgE結合性の低分子ペプチドが患者IgE抗体をブロックすること(ハプテン作用)で、アレルゲンのIgE抗体への結合が抑制されている可能性」が考えられるといわれています。

 4)また、小麦アレルゲンの低減化法として、小麦粉あるいは小麦バッターを加熱処理する方法も検討されています(文献6)。その結果、小麦アレルゲンタンパク質量は、小麦粉をオーブン加熱することにより、非加熱の対照区に比べて約1/2に、オートクレーブ加熱では、約1/85にまで減少することが分かりました。小麦バッターを加熱処理した場合では、小麦アレルゲンタンパク質量は、オーブン加熱で約1/19に、オートクレーブ加熱では1/188に減少していました。次に、小麦粉のオートクレーブ加熱時間による小麦アレルゲンタンパク質量の変化を検討した結果、わずか2分間の加熱により急激に減少し、その後、さらに経時的に減少していくことが分かりました。しかし、これらの減少結果は、アレルゲンタンパク質の立体構造の変化による不溶化のために、タンパク質の抽出効率が低下したことによる見かけの変化である可能性もあるので、今後、この点について詳細に検討する必要があるとされています。

(2)遺伝的改良による低アレルゲン化
 1)S. Denery-Papiniら(文献7)は、運動誘発性アナフィラキシー(食物摂取+運動で、急激に全身的に蕁麻疹などのアレルギー症状を起こすこと)のうち、小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーの原因アレルゲンの1つといわれているω-5グリアジンを欠失したコムギ品種の開発に取り組み、Gli-B1座の遺伝子を欠失した系統は、小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー対応の低アレルゲン化コムギ品種として有用であることを示唆しています。

引用文献
1)田辺創一ら(2001) 化学と生物 Vol. 39(7):440−447
2)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15580112/
3)http://www.science-academy.jp/showcase/08/pdf/P-062_showcase2009.pdf
4)S. Oita et al.(2009) Food Sci. Technol. Res., 15(6):639−644
5)老田 茂(2009)日本食品科学工学会誌 第56巻 第6号:370−372
6)http://www.itc.pref.tokushima.jp/01_service/research/H16-29.pdf
7)S. Denery-Papini et al.(2007) J. Agric. Food Chem. 55:799−805