小麦のタンパク質と小麦粉食品の特徴
 タンパク質は、コムギに限らず一般に、構造も機能も様々なので、系統だてた分類をするのが難しく、分子の形、構成成分、溶解性、電気的性質(等電点)、局在性、生物学的活性・機能、出所や起源などの分類法を適当に組み合わせて分類している状況です。また、研究の進展によって、個々のタンパク質の所属が変更される場合もあります。
 コムギの種子貯蔵タンパク質(以下、小麦のタンパク質)の含量は、品種によって異なり、5%から25%超までの変異がみられます。多くは約12%です。なお小麦はその他に、2%弱の脂質、70%前後のデンプン、2%弱の灰分を含んでいます。

 小麦の主要タンパク質を主として溶解性の違いによってみると、@水・稀酸・アルカリおよび中性アルカリ塩溶液に可溶で凝固しやすいロイコシン(総称名:アルブミン)、Aアルカリ性または中性の希薄な塩類溶液に可溶で熱で凝固するグロブリン(総称名:グロブリン)、B含水アルコールのほか稀酸・稀アルカリには可溶だが、水・無水アルコール・中性塩溶液には不溶なグリアジン(総称名:プロラミン)、C純水・中性塩類溶液およびアルコールには不溶で、稀酸・稀アルカリには可溶で水と混和すると麩質を作り、麩の製造のもとになるグルテニン(総称名:グルテリン)の4種類に分類されます。さらに電気泳動によって、グリアジンはα、β、γ、ωの4タイプに分類され、またグルテニンは高分子量(HMW)と低分子量(LMW)の各サブユニットに分けられます。アルブミンおよびグロブリン画分には生理活性をもつタンパク質、例えばアミラーゼ、アミノペプチダーゼ、リポキシゲナーゼ等の酵素類も含まれます。

 グリアジンは、一本のポリペプチド鎖(アミノ酸がペプチド結合により多数つながった状態の生体高分子)から構成される単量体タンパク質であるのに対し、グルテニンはいくつものポリペプチド鎖がジスルフィド(S-S)結合を介して重合したものです。なお、グルテニンは、上記のように、そのままの形ではアルコールに溶けませんが、S-S結合を切断し単量体の形(サブユニット)に解離させるとアルコールにも溶けるようになります。

 グリアジンとグルテニンは、両者ほぼ同量含まれ、合わせて小麦全タンパク質の80%強とその大部分を占めています。製パン・製麺の過程で、製パンでは小麦粉100に対して60〜70の、製麺では30〜33の、水を加えて捏ねるとグリアジンとグルテニンが絡み合って生地中にグルテン(麩素)を形成します。このようなグルテンの特性がパンやうどんの粘弾性等に深く関わっているため、古くから物性を中心とした多くの研究蓄積があります。グルテニンは弾力に富むが伸びにくい性質のタンパク質であり、逆に、グリアジンは弾力は弱いが粘着力が強くて伸びやすい性質をもっています。このように性質が異なる2つのタンパク質が結びつくと、両方の性質(粘着性と弾性)を適度に兼ね備えたグルテンになるのです。なお、製パン・製麺等におけるグルテンの量や粘弾性は、原料小麦の種類や品質(グルテニンとグリアジンの含量および両者の比率や分子構造)、加える水の量、副材料や添加物の種類や量、捏ね方等によって変動します。

 製パン過程で生地中に形成されたグルテンは、よく捏ねると薄い膜になり、小麦粉中のデンプン粒や抱き込まれた気泡を包み込みながら、網目で細い繊維状になります。生地中の酵母が働いて発酵が進むと、炭酸ガスとアルコールが発生します。炭酸ガスは、沢山の小さな気泡になって生地組織中に入り込み、全体を押し広げ、大きな体積ときめが細かいすだちをつくります。これがパンの膨らみの原因です。一方、アルコールは、生地を伸びやすくし、風味や香り付けに役立つといわれています。このように、グルテンの特性は、パンの特に膨らみの度合いや風味・味に強い影響を与えます。建物の鉄筋コンクリートに例えて、デンプンがコンクリート、グルテンが鉄筋の役割を果たしているといわれる所以です。

 製パンでは、タンパク質含量が高く、その質が良い小麦粉が使われます。グルテンを多く形成させ、粘弾性のバランスが良い生地をつくるためです。したがって、パン用には、硬質小麦から得られる強力粉が使われます。
 一方、軟らかいが適度なコシがあるうどんがつくれるのも、グルテンが形成されるからです。うどんには、タンパク質含量が中程度(原粒タンパク質含量10〜11%)の小麦粉が使われます。そのような小麦粉100に対して30〜33の水を加えてめん用ミキサーで混ぜると、そぼろ状の生地になり、これを圧しながら伸ばすと、グルテンが形成されます。製パンよりグルテンの量は少なく、水の量や混ぜ方が十分ではないので、パン生地のような弾力のあるグルテンにはなりません。もし、グルテンの量が多くて弾力がありすぎたら、硬いうどんになってしまいます。したがって、うどん用には、軟質小麦から得られる中力粉が使われます。
 製麺過程での生地の圧し方には、通常、ロールを使う場合と手で行う場合(手打ち)があります。ロールで伸ばした生地ではグルテンが一定方向に行儀よく伸びていますが、手打ちではよく捏ねられるので、複雑に絡まり合った網目状のグルテンになり、適度の弾力(コシ)がでることになるのです。現在は、特殊なミキサーの開発・利用により、機械でも手打ちに似た食感のうどんを作れるようになっているようです。
 ケーキや天ぷら粉には、タンパク質含量がうどん用よりさらに低い小麦粉が使われます。ケーキがふっくら膨らむのも、花が咲いたような天ぷらができるのも、小麦粉の主成分のデンプンと量が少なくて力が弱いグルテンの共同作用の結果であり、グルテンができ過ぎないように軽く混ぜるのがコツであるといわれています。ケーキや天ぷら粉用には、軟質小麦から得られる薄力粉が使われます。

 ※「小麦の強力粉・準強力粉・中力粉・薄力粉」および「硬質小麦と軟質小麦」の項参照