「土壌の健全性(健康な土壌)とは?」の項で書いたように、土壌は作物の生産と環境の質に関する重要な機能を果たしています。こうした機能を“生態系サービス”という概念で整理し、それが生物多様性(土壌の場合は、土壌生態系の多様な生物たち)によって支えられていることを示したのが、2005
年に発表された「ミレニアム生態系評価の報告書」です。「環境・循環型社会白書(2007)」には、生態系サービスの概要を、次のように解説しています。
生物多様性はそれ自体も価値を有していますが、多様な生物に支えられた生態系は、私たち人類に多大な利益をもたらしています。
生物多様性と私たち人類の豊かな暮らしとの関係は、これまであまり体系的に理解されていませんでしたが、2005 年に発表された「ミレニアム生態系評価の報告書」では、「生態系サービス」という概念を用いて、その関係が分かりやすく示されました。ミレニアム生態系評価は、国連の主唱により2001
年から2005 年にかけて行われた、地球規模での生物多様性及び生態系の保全と持続可能な利用に関する科学的な総合評価の取組で、世界中の研究者約1,300
人が参画して実施されました。ミレニアム生態系評価は、生物多様性は生態系が提供する生態系サービスの基盤であり、生態系サービスの豊かさが人間の福利(human
well-being)に大きな関係のあることを示しました。ここでは、生物多様性がすべての生態系サービスの源として位置付けられています。
2005 年に発表されたミレニアム生態系評価の報告書は、生態系サービスを以下の4 つの機能に分類し、生物多様性の意義について紹介しています。
1)供給サービス(Provisioning Services)(人間に必要なものを生み出す)
食料、燃料、木材、繊維、薬品、水など、人間の生活に重要な資源を供給するサービスを指します。
人類は、動物や植物を食べることによって生命を維持し、皮革や繊維を用いて衣服を作り、木材や鉱物などやこれらを加工した工業製品を使って建築物を作ります。
また、現在発見されていなかったり、その利用価値が十分に分かっていなくても、バイオテクノロジーの発展など技術の進展によって人類の生存に有用なものが見つかる可能性も高いと考えられます。
このサービスにおける生物多様性は、有用資源の利用可能性という意味で極めて重要です。現に経済的取引の対象となっている生物由来資源から、現時点では発見されていない有用な資源まで、ある生物を失うことは、現在及び将来のその生物の資源としての利用可能性を失うことになります。また、植物の種類が多いと一次生産量が高くなると指摘する研究結果もあります。
2)調整サービス(Regulating Services)(環境の変化を和らげる)
森林があることによって気候が緩和されたり、洪水が起こりにくくなったり、水が浄化されたりといった、環境を制御するサービスのことを言います。これらを人工的に実施しようとすると、膨大なコストがかかります。また、例えば、森林は膨大な量の炭素を蓄えていますが、仮にこれが一度にすべて大気中に放出されれば、大きな温室効果をもたらすなど生態系のバランスが大きく崩れてしまうと考えられます。
他に、病気や害虫の制御も、生態系の重要な調整サービスとされています。ある特定の種又は均質な遺伝的性質をもつ生物は、特定の病気や害虫に対する抵抗力が弱いため、その病気や害虫が発生した場合、これがまん延して壊滅的なダメージを受ける可能性があります。しかし、正常な自然の生態系では多様な生物が存在しているため、ある一種の生物のみが爆発的に増加することは難しいと言うことができます。
このサービスの観点からは、生物多様性が高いことは外部からのかく乱要因や不測の事態に対する安定性や回復性を高めることにつながると言うことができます。病気や害虫の発生、外来生物の侵入、気象の変化、山火事などの異変が生じても、生物多様性が高ければ、これに抵抗し、又は順応しうる形質を持った生物が存在している可能性が高いので、その生態系の安定が図られます。かく乱を受けた後でも、成長の早い種が存在するなど復元力も高いと考えられます。
3)文化的サービス(Cultural Services)(精神的な豊かさを与える)
精神的充足、美的な楽しみ、宗教・社会制度の基盤、レクリエーションの機会などを与えるサービスのことを言います。
多くの地域固有の宗教や文化は、その地域に固有の生物相や生態系と密接に関係しています。モンスーン気候帯に属する東アジアでは、稲作を生産の土台とした文明が発展しました。このことは、水を大量に保持する森とそこに住む生きもののそれぞれに神が宿ると考える文化を生みました。一方で、夏季に雨が少ない西アジア以西では、草原での小麦農業と牧畜に基盤を置く文明が発展し、森を切り開きこれと対峙する自然観が生まれました。
日本の伝統色の名前には、「朱鷺(とき)色」や「萌葱(もえぎ)色」など生物の名前が多く使われていますが、これも多様な生物や豊かな四季の移り変わりといったそれぞれの地域に固有の自然環境が文化を育む良い例と言えます。また、季節に応じて咲き分ける様々な花を観賞することも、生態系の文化的サービスを活用するものと言えます。地域固有の生態系のレクリエーション機能や教育的効果を利用して行われるエコツーリズムも、その地域固有の自然景観や生物相に支えられています。世界各地の文化においても、例えば民族衣装などにその土地に固有の生物に由来するデザインが取り入れられたり、固有の自然が食文化に影響を与えたりしています。
このように、多くの地域固有の文化・宗教はその地域に固有の生態系・生物相によって支えられており、生物多様性はこうした文化の基盤と言えます。ある生物が失われることは、その地域の文化そのものを失ってしまうことにもつながりかねません。
4)基盤サービス(Supporting Services)(他のすべてのサービスを支える)
上に書いたような、1)から3)までのサービスの供給を支えるサービスのことを言います。例えば、光合成による酸素の生成、土壌形成、栄養循環、水循環などがこれに当たります。 このように、生態系が人類に与えるサービスは非常に多様であり、物質循環と生物多様性が生態系サービスを支えていると言えます。 |
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