“有機”農業(“Organic Farming”)とは

 「Organic」は、器官・道具を表すギリシャ語organonに由来し、Oxford English Dictionaryには、 器官のように部分がまとまって働くという考えから、「組織化された構造に関する」「複数の部分が結合または調整されて単一の調和のとれた全体 を構成すること」と解説されています。「organic farming」という用語は、オックスフォード大学の農学者ノースボーンが、 著書『Look to the Land』(1940年出版)の中で、“有機体としての農場”(the farm as organism)という考えを表し、 「農場自体が生物学的な完全性を備えていなければなりません」「農場はバランスのとれた有機的な生命を内部に持つユニットでなければなりません」 「土壌とそこに生息する微生物、そしてそこで育つ植物が有機的な全体(organic whole)を形成する」という見解を表明したことにはじまるとされています。彼は、「“輸入された(持ち込まれた)肥沃さ”に頼る農場は、 自給自足にも有機的な全体にもなれない」と述べています。
 日本では、幕末の蘭学者宇田川榕菴がオランダの化学書を参考に『舎密開宗』を表し、その中で「植物は機性體なり。之を山物(鉱物)等の無 機性體に較べれば…」と書いています。これは、当時、生物から得られる化合物には「生命力」とよばれる要素が存在し、これが鉱物から得られ る無機物質との決定的な差であるとする学説が常識であったことによるといわれています。その後、現在の兵庫県三田市出身の蘭学者川本幸民が 『化学新書』第一部無機体化学、第二部有機体化学の全3冊を表していますが、これは、「榕菴の訳にのっとって『無機』はそのまま用いたが、 それに対応する『機性』にあたる語に対してバランスを考えて欧米語にはない接頭辞の「有」を加えて「有機」とした」のではないかと 考えられています。「有機農業」という言葉については、農協中央会常務理事を経て協同組合経営研究所理事長を務めた一楽照雄が、「有機農業 研究会」を設立した際に、イギリスやアメリカではOrganic Gardening and Farmingという言葉が使われているので、それを直訳して「有機農業」 という言葉を使うことにしたと述べています。
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 ノースボーンと同じ頃、イギリスの植物病理学者、農学者のアルバート・ハワードは、インドール農業研究所(インド)所長として研究を行った 経験をもとに『An Agricultural Testament(邦訳:農業聖典)』(1940)、『The Soil and Health(邦訳:ハワードの有機農業)』(1947)を 出版し、“肥沃な土壌こそが、健かな農作物、健康な家畜そして最後だが重要な健康な人間の土台である”と主張するとともに、自然循環の大法則 に忠実にしたがうことを強く主張しました。その後、アメリカでは、ハワードの著書に感銘を受けたJ.I.ロデイルが、自ら有機農法を実践するとと もに、ロデイル出版社を創業し、農民向け、消費者向けに宣伝を開始します。その一つに、『Pay Dirt(邦訳:有機農法−自然循環とよみがえる生 命−)』(1947)の出版があります。この本を翻訳した一楽照雄は、有機農業の考えについて、“有機農業においては、自然の循環が基本であり、 その法則に沿って自然の運行を人間が手助けするにすぎない”“有機農業の技術は、厳密に自然を観測することによって開発される”“肥沃な土に きわめて多くの微生物や昆虫が生息し、健全な作物の生育が病害虫の駆除に役立つなど、生態的な発想を第一義的に重要視する農法です”と書いて います。
 有機農業について書いた続きで一楽は、“有機農業の本質の何たるかを知らず、単に農薬や除草剤の使用を中止するのが有機農業のやり方である かのごとく想像する。そして、そんなやり方では収量が著しく減少するのではないか、経営的に成り立たない、有機農業の農産物は高価で高所得者 だけしか入手できないのではないか、などと批判をする。こうした意見や批判は見当はずれもはなはなだしい”と述べています。
 こうして見てくると、「有機農業」とは、“観察と生態的な発想に基づいて自然の循環にしたがって健康な土壌を維持する農法”、であるといえ ます。無農薬・無肥料栽培、減化学(ノンケミカル)栽培、環境保全型農業、有機JAS農業などいろいろな農業・農法が進められていますが、ある 意味それらは、農薬や化学肥料を使わないという“手法”から見た見方であり、「有機農業」の本来の目的である“健康な土とは何か”という議論 には踏み込めていないように思われます。